対談
70年代ポップス・ブームのひみつ
カーペンターズやイーグルスの曲がテレビドラマで使われたり、コマーシャルのバックに流れたりするなど一九七〇年代のポップスがブームになっています。その背景をめぐって、音楽評論家の湯川れい子さんと赤尾美香さんに語り合ってもらいました。
赤尾 七〇年代のポップスというと、私が小・中学生ぐらいに聴いていた音楽ですね。当時聴いていたものが、いまテレビで流れていたりするとどこか新鮮な気持ちとともに、なつかしい気持ちがわいてきます。
名曲の宝庫
湯川 サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」あたりから七〇年代が始まります。カーペンターズ、ピー・ジーズらが活躍して、名曲の宝庫といわれた時代です。曲としてボッブな一般性をもっていて、その国の文化を全部含有しているような作品が数多く登場したのが特徴でしたね。日本でもラジオをひねると彼らの曲が流れていました。初めて西洋のポップスが日本人の血と肉に入った時代だったと思います。
赤尾 最近のブームはテレビの影響も否定できないと思います。TBSのプロデューサーに、なぜドラマの音楽にカーペンターズを使うのかとお話をうかがったんですが、ドラマを見てくれる若い人たちには新鮮で、30代・四十代にはなつかしい曲なので振り向いてもらえる、という答えでした。『ミュージック・ライフ」という雑誌でカーペンターズ(リチャード、カレンの兄妹グループ)の特集をくんだのも、若い人たちから 「カーペンターズはいつ来日するんですか」というような質問がたくさんあったからです。カレンが拒食症で亡くなっていることさえ知らない。
湯川 七〇年代の曲はオーソドックスなメロディー・ラインをもっていて、感性的にも肉体的にも親しみやすい曲が多いですね。若くて、とんがっていて、なおかつ懐かしい、そんな世界が受け入れられているような気がします。
(七〇年代の音楽には お金をかけて作ったものが多くクオリティーが高いという論者もいますが)
湯川 ビーチ・ボーイズが七百時間もスタジオを使ってレコーディングしたなど、確かにお金をかけた作品が多いのは事実です。でも、それはいまもあること。
赤尾 ええ。五年に1枚、四年に1枚しかアルバムをださないグループもありますからね。それだけ時間をかけて作っているわけで、いまもお金をかけるアーチストはたくさんいます。
湯川 七〇年代にはレコーディング技術が大きく発達して、音を重ねたり増幅したり、ありとあらゆる実験がおこなわれました。メロディー、ハーモニー、リズムという点でも、あらゆるワールドミュージックを取り入れていて、すべてのクロスオーバーは当時で終わったともいわれています。
"中身ですね"
赤尾 サウンドのクオリティーというより中身ですね。いまの洋楽のアーチストで、当時の心意気みたいなものを受け継いでいる人に引かれちゃいますね。亜流にはなりたくないけど、継承者になりたいというアーチストに。
湯川 いまの音楽界は、こういう音楽作りたい、という商品としての価値を考えて作ってるケースがすごく多い。七〇年代はむしろ何を歌いたいか、ということが先にあったという気がします。いまの七〇年代ブームというのは、楽曲と心が大事なんだよ、ということを現代に投げかけていると思います。
あかお みか=1965年、横浜生まれ。87年から音楽雑誌の編集者。『ミュ一ジック・ライフ』などに執筆。
ゆかわ れいこ=1939年、東京生まれ。音楽評論活動37年。作詞でも有名。著書に『エルヴィスがすべて』ほか。
private pageへ (1997.3.30 日刊赤旗)