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長崎県諫早湾干拓事業問題
水門を開け、貴重な干潟を救うために力を合わせよう
諫早湾干潟緊急救済本部  山下弘文




「涙が出るほどはらがたつ」「水門をあけてムツゴロウを助けて」ーームツゴロウをはじめたくさんのめずらしい生き物がすむ諫早湾の海水を、国が「公共事業のための干拓」を理由にぬきとってしまってから一ヶ月半がたった。いま諫早湾で何が起こっているのか、なぜ、こんな横暴がすすめられているのか「諫早湾干潟緊急救済本部」代表の山下弘文さんに語ってもらった。

水害対策にはならないことを知りながら


  四月十四日、農水省は1,200bの潮止め工事を強行しました。ダミーを含む11個のボタンが押され、世界一長い.298枚のギロチンが落とされたのです。干潟の生物たちは真綿で首を絞められるようにして、刻一刻と全滅の道を歩んでいます。
  今回の締め切りは司法無視、議会軽視、住民無視の民主国家にあるまじき行為であると考えます。政党も各党の議員が次つぎに現地諌早を訪れ、超党派で「諌早湾を考える議員の会」が結成されました。諌早湾問題は、いま国民のあいだにひろがっている戦後の公共事業の抜本的見直し、行財政改革の極めて具体的な例として、国民や政治家の注目を浴びています。
 【やました・ひろふみ】  一九三四年、長崎市生まれ。高知大学文理学部理学科生物専攻卒。工コロジカルプランニング研究所代表、日本湿地ネットワーク代表。
 主な著書『有明海・諌早湾からの報告』 (長崎地方自治研究センター)、『ラムサール条約と日本の湿地ーー湿地の保護と共生への提言』 (信山社)他多数

  有明海諫早湾は、雲仙岳、多良岳に囲まれた有明海唯一の内湾です。この諌旱湾一万fを消滅させる大開発計画は一九五二年、長崎大干拓事業として発想され次つぎと目的をかえて生き残りました。計画は縮小され「諌早湾防災総合干拓事業」となり、地域住民が知らないうちに「国営諌早湾干拓事業」と名称をかえて干拓事業が始まったのです。
 この事業の最大の問題は、農水省と長崎県が、干拓事業の第一の目的は水害・高潮対策であるとしていることです。農水省も長崎県も一九八三年十二月に農水省が委託した諫早湾防災対策検討委員会の中間報告書で、全く水害対策にはならないことを知りながら、地域住民をごまかしていました。この報告誓は、水害対策にはならないことを学問的に詳細に検討したものでした。これが当時、住民や漁民、関係自治体に公表されていたならば、決して干拓事業には賛成しなかったと考えられます、農水省や高田勇長崎県知事は、犯罪者であると極言してもいいでしょう。
 干拓地利用も、酪農と野菜団地といいますが、いまから討画を立案するそうです。総工費は当初は1,350億円、昨年7月段階で二千三百七十億円に膨れ上がっています。完成まで、一体、いくらの金がかかるのか、農水相自身も明確にできません。
 現在進められている干拓事業は、公共事業に名を借りた税金の究極の無駄遣いの典型的な「惰性による開発」です。いま必要なことは、排水通門を常時開放し、干潟を死滅から防ぎ、開発計画の見直しを図ることです。

「生き物たちの賑わい」を消滅させる無謀な計画


 私たち3年間にわたる科学的な調査で諌早湾が国内的にも国際的にもまれにみる生物多様性に満ちた独特の干潟であることがわかりました。諫早湾干潟部には三百種以上の生物が生息しています。特に、ペントスの主役を占めるゴカイなどの多毛類が八十種以上採集されていることは特徴的です。
 諌早湾最奥部干潟には毎年数万羽の渡り鳥が訪れます。これらの鳥は毎日、体重の30%以上ものカ二やゴカイや貝類や魚などのえさをとります。食べても食べても少しもへらない膨大な量の生物が生息しているのです。諌早湾干潟では、渡り鳥を頂点にしたほとんどの動物門を含む「生き物たちの賑わい」が見られます。この「生き物たちの賑わい」を生物多様性という言葉でよびます。
 採集された標本のなかには、新種が多く含まれています。潮受堤防の締め切りによって、内部が淡水化し、生物はすべて絶滅します。昨年暮れ公表された「日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状」によれば、日本の干潟に往む生物のうち五十五種が絶滅寸前であると指摘。さらに諌早湾干潟には希少種が十六種、そのうち絶滅寸前であるハラグクレチゴガ二、アリアケガ二、ムチハアリアケガニ、シママヘナタリ、クロヘナタリ、オカミミガイ、ウミマイマイの七種は、干拓事業により干潟が消滅すると日本からの絶滅を招来する危険が極めて高いと指摘しています。たった一カ所の干拓事業によって、10%もの底生生物が絶滅に追い込まれるのです。
 地域環境問題に対して国際的な協力が叫ばれ、日本でも一昨年十月、生物多様性国家戦略が閣議決定され、日本に残されている国際的に重要な干潟はラムサール条約登録指定地にして保護・管理することが決められています。ちなみに諌早湾干潟は「国際的に特に重要な湿地」として日本湿地目録に記載され、IWRB第二一号湿地として国際的に保護の必要性がもとめられている干潟でもあります。諌早湾干潟を消滅させることは、人類の貴重な遺産を無謀な開発により消滅させることにつながります。

 ラムサール条約


 正式名は、「特に水鳥の生息地に国際的に重要な湿地に関する条約」1971年、イランのラムサ一ルでの会議で採決された。多様な生態系をもっている湿地を保全するのが目的。日本は80年に加入した。加盟国は、条約事務局に最低1力所の湿地を登録し、保全に努めなければならないとしており、日本は、北海道・釧路湿原など10力所の湿地を登録している。さらに「ラムサール条約の締約国は、湿地が登録されているかどうかにかかわらず、自然保護区を設けて湿地と水鳥の保全・監視を十分に行う」(第4条)と定めており、登録済みの湿地だけでなく、締約国内のすべての湿地を法制で守ることを義務づけている。

先進国の主流は「湿地環境の回復」


 諌早湾干潟は国内でも最も生産力の高い海域です。一平方qの干潟から一年間で二二・六dの魚介類の生産力があるといいます。これは瀬戸内海が全く汚染されていなかったころの生産高と同じです。干潟は、主要生物を中心とした生き物たちの「ゆりかご」です。
 干潟に住む生き物は、人類の排泄する有機物を浄化する強力な力を持っています。アサリー個は一時間で1gの水を浄化します。諌早湾のように大量のゴカイが生息する干潟は、一平方キロbで五十万人分の有機物を浄化する能力があるともいわれています。
 干潟は有機汚濁物質をこしとる巨大なフィルターです。アメリカの経済学者の試算によると、干潟の浄化能力は公共下水道建設費に換算すると一fの干潟は四十万ドルに相当するとされています。このためアメリカでは公共下水道の代わりに、生物が豊かな干潟を造成する事業すら始まっています。
 先進国では、熱帯雨林とならんで生物多様性・生産性の点で重要な湿地環境の回復が進められています。干拓先進国オランダでもビーズボス国立公園では、干拓が完了した地域で堤防を撤去し湿地を再生するため、九千fを整備しています。また、非常に大規模な干拓事業を中止しました。オランダでは大規模開発に関しては、約2年間かけて全国で公聴会を開催、その議論を受けて政府の諮問委員会が計画の適否を判断するといいます。アメリカでもサンフランシスコの三千fの干拓地をもとの干潟に回復し、環境教育の場として利用しています。イタリアのポーデルタ地帯3万fも農民と協議しながら農業ではなく、漁業と観光で池域発展を図っているのです。
 日本の干潟はすべて公共事業という名の下に消滅寸前です。諌早湾問題は、戦後の官僚制度、政治制度を含めた民主主義を見直す絶好の課題です。すべての人びとが、この問題を真剣に考え、身近な自然を見つめ直してほしいものです。
 排水通門を開け、貴重な干潟を救うことにおカをお貸しください。

(1997年6月2日 民主青年新聞)

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