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1998/1/5 しんぶん赤旗
発言'98
公正なモラル回復が必要
埼玉大学名誉教授暉峻淑子さん

 いま政府や自民党が税金を投入して、大銀行はじめ金融業界の支援をすすめようとしているのを見て、私が恐ろしいと思うのは、国内の不良債権の処理だけではすまなくなるのではないかということです。
 日本は一大債権国です。いま金融不安におちいっている韓国や東南アジアなど世界の各国にお金を貸したり、海外に工場を移転しています。しかし、それらの国の経済がいったん破たんすれば、そこに金を貸している日本の企業の不良債権の分も、日本の国民の税金で穴埋めしなければならないということになってくるのではないでしょうか。
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 企業が失敗したら企業が責任をもつということを、最低限のルールにしておかないと際限がありません。それがないと政府がやっているように、国民には消費税増税、医療費などで九兆円も負担増をおしつけておきながら、一方で十兆円以上もの税金を金融機関につぎこむ──。金融問題が起きるたびに、社会保障を切り縮めたり、国民からあの手この手でお金を取り上げる。こういう関係が果てしなくつづくことになります。
 海外では、ジャパンプレミアムといって日本企業にたいする金利を特別に高くしているということがあります。これは不良債権があって経済の状態が悪いからだといわれていますが、私はそれだけではないと思います。それ以前の問題として、日本では公正なモラルが欠け、ルールが破たんしでいるのです。資本主義社会は弱肉強食の社会ですが、一定のモラル、ルールがあって成立している社会です。たとえば貸した金は返してもらうという常識があるわけでょう。それを履行しなければ罪に問われます。
 しかし、いまの日本では市場経済、資本主義社会としても、この最低限のことができていません。たとえば政治家や総会屋を株取引で優遇してもうけさせる、その一方、野村証券のように普通のお客は”ゴミ、クズ”などと呼んで損だけを押しつける。公認会計士も取締役も機能していません。
 こういうことが蔓延(まんえん)すると、どうしようもない国になってしまいます。多くの国がそのことを危いと思って、その不信感がジャパンプレミアムを引き起こしていると思います。公正なモラルの回復が必要です。
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 働くものの労働条件の問題でもそうです。労働基準法や建築基準法など、基準法と名がつくものは「公共の福祉」を守るためにあるものです。労働基準法は労働者が家族を養い、世代をこえて元気に働きつづけられるように、使用者にこれだけの基準を守ってもらわないといけないというものです。
 これにたいして政府は、労働基準法からの女子保護規定の撤廃につづき、規制緩和の名で3年とか5年の短期雇用にする、派遣労働の範囲を広げる、残業時間の規制を一日単位でなく、一週間とか一ヶ月何時間という単位の「まるめ残業」にするなどをやろうとしています。しかし、あるときは五時間の残業、あるときは一時間というのでは人間の生活はなりたちません。おとなにも子どもにも生活のリズムが必要です。人間の能力を高め人間らしい判断力を持つためには、会社を終わってから自分の趣味や勉強などをやっていく時間が当然必要です。
 環境の問題でも、日本はさんざん環境を浪費して成長してきたわけですから、地球環境を守るとか発展途上国への人道的な援助などの形で国際貢献をしなければならないのです。戦争を放棄した日本の平和憲法は、人類の普遍の原理としてその方向を示しています。それでこそ世界から信頼される国になることができる。それがこれからの「国のかたち」だと思います。
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 国民のなかで、21世紀に向けたシグナルはあらわれています。名護市での海上ヘリ基地建設に反対する市民の運動、環境NGO(非政府組職)の活動、地雷廃止運動も活躍しています。地方自治体での情報公開にも関心が高まっています。国民が主人公になり、国民それぞれが個性的な力を発揮するためには、情報がすべての人に公平に公開されていなければなりません。
 ウィーン大学での教え子が旧ユーゴスラビア出身で、その教え子にいわれて難民の生活を目の当たりにして以来、「国際市民ネットワーク」というNGOをつくり、難民への援助に携わっていますが、その活動のなかで、けっこう新しいタイプの日本人と出会います。これは「豊かさとは何か」(一九八九年)を書いたときとは大きく異なる点です。
 日本共産党は無党派の人々と協力するということをいってきましたが、活動が広がりをもってきたことは、とてもいいことです。これからは、こうしたNGOの人たちとの協力もおおいに広げていってほしいと思います。
  聞き手 山沢 猛記者
  写 真 田中秀和記者

 てるおか・いつこ 1928年大阪生まれ。63年法政大大学院博士課程修了。経済学博士。埼玉大学教授、日本女子大教授をへて現在埼玉大学名誉教授。86〜87年ベルリン自由大学客員教授、89〜90年、93〜94年ウィーン大学客員教授。著書に『豊かさとは何か』(岩波新書)、『ゆとりの経済学』(東洋経済新報社)、『ほんとうの豊かさとは』(岩波ブックレット)など。
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