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上海訪問記

1996年12月6日付・長崎新聞

長崎−上海のフェリー航路
11日から運休へ
中国側企業が要請 累積赤字原因か 再開めどなし
 長崎上海国際フェリー(本社長崎市、林永治社長)は五日、長崎市と中国・上海市間を結ぶフェリー航路を、今月十一日から運休する意向を県に伝えた。中国側合弁企業からの運休要請としており、旅客や貨物の伸び悩みによる累積赤字が原因とみられる。運航再開のめどはない。県の強力な後押しによって五十一年ぶりに開設された同航路は、わずか二年半で厳しい局面に立たされた。
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 県交通政策諜などによると、同航路は開設以来、旅客とコンテナ貨物の利用率は採算ベースの約半分。単年度の赤字額は二億円近くとみられ、日中双方の合弁会社が出資した資本金八億円に近い累積赤字を抱えている。こうした中、中国側は今年夏以降、同航路の連休を申し入れていた。
 同航路は「五十一年ぶりの国際定期航路の復活」として平成六年六月開設。同社と中国側企業との合弁による運営で海華号が就航。今年三月には旅客性を重視した長崎上海号に更新したばかりだった。
 県は、長崎港柳ふ頭の整備や同社が船を更新する際の保証金として四億円を金融機関に預託するなど、同航路の存続・維持に全面協力。本年度も航路利用の観光客への助成金制度を導入している。
 副島宏行県企画部長は同日、林社長に「本県だけでなく二国間にとって大きなマイナス。休止撤回に努力してほしい」と要請。同社長も「上海に出向き、交渉を続けたい」と話したという。
 しかし、中国側合弁企業の親会社は赤字航路の切り捨てによるリストラを進めているとされ、存続の道は極めて厳しいとみられる。


長崎−上海航路運休 「アジアの玄関」に荒波
2年半で挫折 甘かった県見通し
 長崎上海国際フェリー (林氷治社長)が五日伝えた「長崎上海号運休」の知らせに、県幹部らは激しく動揺した。同社の船更新に巨額の県予算を拠出した矢先の運休。「アジアの玄関口」をうたう九州新幹線長崎ルートの誘致活動に、強烈なイメージダヴンにもなりかねない。同航路に対する県の見通しの甘さと、多額の金を”つぎ込んだ”責任を指摘する声が出ている。
 航路開設からわずか二年半。松尾副知事は「一企業の話ではなく、日中両国間の国際問題。何とかつなぎ留めてほしい」と祈るように話す。
 県は新幹線と同航路を結ぴ付け、「アジアヘつながる結節点」との触れ込みで長崎ルートの誘致を進めてきた。高田知事が「JR長崎駅の標識に”次は上海”と書いてもらいたいものだ」と強調するのも上海航路の存在があったからだ。
 一方、「海から空の時代に変わり、乗客も荷物も見込めなかったはず」などと県の対応を疑問視する声がある。今年三月、就航当初の海華号から長崎上海号に更新される際、県は金融機関に四億円の”保証金”を預託し、長崎上海フェリーへの二十億円の融資に協力した。
 県の担当者は「当初から赤字は覚悟していた。船の更新に協力したのは旅客増での経営改善に見通しがあったから」という。だが県内部には「県は当初(同航路には)乗り気ではなかった。赤字が膨らむのは目に見えている」との思いがあったのも確かだ。
 県議の一人は「国際航路維持の名目とはいえ、一企業の営利事業に県費を投入するのはいかがか」と首をかしげた。

再開、存続へ最大限の支援 県貿易協会

 中部長次郎県貿易協会会長(長崎倉庫社長)は「増客、集荷のためパンフレットを県、長崎市と関係業界で作ったばかり。中国との経済的な交流強化には欠かせない航路。再開、存続に向け業界としてもできるだけの支援をLたい」という。
 同フェリー休止は中国への部品や製品の輸出入に利用している県内の荷主や輸送業者、通関業者にも波紋を広げている。
 輸出入業務を代行している後藤運輸(長崎市)の金子叔司社長は「休止となれば門司港に荷物を振り替えねばならず、輸送コストが余分にかかり頭が痛い」。日本通運長崎支店も「輸出入合計で二十フィートコンテナ月平均百二十個を扱ってきた。荷主と今後の対策を協議する」と話していた。



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